20191129

エンハンサー遺伝学の活用: 免疫、概日リズム、がん悪液質

河岡 慎平 博士

京都大学 ウイルス・再生医科学研究所

【要旨】

 本セミナーでは、エンハンサー遺伝学をうまく活用することで、免疫をはじめとする複雑な生命現象をより良い解像度で理解できるようになることを示したい。
 エンハンサーは、標的遺伝子がいつ・どこで・どのくらい発現するかを決める非コードDNA領域の総称である。マウスやヒトのゲノムには10万以上のエンハンサーが存在する。エンハンサーの多くが臓器やシグナルに特異的な機能を有し、標的遺伝子の文脈特異的な機能を成立させている。
 エンハンサーの機能解析は、ゲノム科学的な実験手法としても、ゲノム資源の利用という観点からも重要だ。適切なエンハンサーを欠失させれば、標的遺伝子の文脈特異的な機能を破壊し、その意義を探れる。機能が解明されたエンハンサーをゲノム資源として活用し、興味のある遺伝子に特定の調節を付与することもできる。
 ところが、欠失実験により個体における生理機能が解明されたエンハンサーは全体の0.3%未満である。つまり、有用な性質を持つエンハンサーのほとんどがゲノムに埋もれたままの状態である。その主な理由は、エンハンサーの同定・機能解析に、複数の技術的な障壁があるからだ。これは、ゲノム科学分野における重要な課題のひとつといえる。
 演者は、新しいエンハンサーの機能解析という切り口・アプローチを、免疫や概日リズム、がん悪液質といった複雑かつ重要な生命現象のメカニズムの解明に応用している。エンハンサー遺伝学とオミクス解析をくみあわせ、免疫では胸腺細胞の自己・非自己認識機構を、概日リズムではひとつの遺伝子のリズムの意義を、がん悪液質ではがんに起因する宿主の病態生理のメカニズムを探っている (これらのプロジェクトは互いに関連しあっている)。本セミナーでは、これらのプロジェクトを概説してエンハンサー遺伝学の強みを共有しつつ、研究の今後の展開を議論したい。

 

[参考文献]
1) Hojo, H., Enya, S., Arai, M., Suzuki, Y., Nojiri, T., Kangawa, K., Koyama, S., and Kawaoka, S.: Remote reprogramming of hepatic circadian transcriptome by breast cancer. Oncotarget. 8(21), 34128-34140, 2017
2)  Enya, S., Kawakami, K., Suzuki, Y., and Kawaoka, S.: A novel zebrafish intestinal tumor model reveals a role for cyp7a1-dependent tumor-liver crosstalk in causing adverse effects on the host. Dis. Model Mech., 11, dmm032383, 2018  
3)  Hojo, M.A., Masuda, K., Hojo, H., Nagahata, K., Yasuda, K., Ohara, D., Takeuchi, Y., Hirota,  K., Suzuki, Y., Kawamoto, H., Kawaoka, S.: Identification of a genomic enhancer that enforces proper apoptosis induction in thymic negative selection. Nat. Commun., 10, 2603, 2019

 

日時: 2019年11月29日(金) 17:00~18:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)