セミナー詳細

20180919

メタボローム分析技術の最新動向と今後の課題

馬場 健史 博士

九州大学生体防御医学研究所

【要旨】

代謝物の網羅的な解析に基づくオーム科学である「メタボローム解析(メタボロミクス)」は,多岐にわたる分野から構成される学際領域研究であるために,それぞれの技術を理解し総合的に運用することは容易ではない.これが,当初メタボロミクスが一般な技術として定着しなかった要因の一つである.また,様々な技術が開発されメタボロミクスの認知度が高くなった現在においても,その技術に関する十分な理解がないために実際の運用において種々の問題が生じ,結果としてメタボロミクスの有用性が理解されていないところがある.

メタボローム解析は大きく分けて試料調製,機器分析,データ解析の3つのプロセスにより実施されるが,それぞれの技術はメタボローム解析特有で複雑なことから,特徴を十分に理解し総合的に運用することは容易ではない.メタボローム解析を実施する際に必要な技術基盤について,今後開発が必要となる技術も含めて分かり易く解説する.

日時: 2018年09月19日(水) 14:00~15:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180907

CRISPR-Cas9システムを利用したゲノムワイドスクリーニングによる新規オートファジー関連分子TMEM41Bの同定

守田 啓悟 博士

東京大学大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻分子生物学分野

【要旨】

マクロオートファジー(以下、オートファジーと述べる)は、隔離膜/オートファゴソームによって担われる細胞内分解機構である。オートファジーが誘導されると、一重膜小胞である隔離膜が生成され、それが扁平に伸長し、やがて弯曲しながら細胞質の一部を取り囲む。隔離膜の辺縁が閉鎖するとともにオートファゴソームが完成し、リソソームと融合する。融合によってリソソームの酵素がオートファゴソーム内部に達し、取り囲まれた細胞質成分を分解する。オートファジーはこのように複雑な膜動態を経る過程であるため、数多くのオートファジー関連(ATG)タンパク質を必要とする。多くのATG遺伝子は、酵母や線虫などのモデル生物を用いた遺伝学的スクリーニングによって同定されてきた。しかし、哺乳類細胞を用いた網羅的な探索は、CRISPR-Cas9システムの登場以前にはsiRNAを用いるなど非常に限定的な手法でしか行われてこなかった。

本研究では、CRISPR-Cas9システムとオートファジー活性評価蛍光プローブ用いてゲノムワイドスクリーニングを行った。スクリーニングの結果、新規ATG遺伝子としてTMEM41Bを同定した。TMEM41Bは既知ATGタンパク質であるVMP1と構造的に類似していた。両者とも小胞体に局在する複数回膜タンパク質であり、共通するドメイン(VTTドメイン)を有していた。TMEM41B欠損細胞ではVMP1欠損細胞と同様にオートファゴソーム形成初期で障害が認められた。伸長したオートファゴソーム様の構造は観察されず、初期ATG分子の蓄積と小胞の蓄積が観察された。構造的特徴と表現型が類似していることに加えて、TMEM41BとVMP1はin vivoにおいてもin vitroにおいても結合していることが確認された。加えてTMEM41B欠損細胞のオートファジー不全はVMP1の過剰発現によってレスキューされた。これらの結果からTMEM41BとVMP1は器質的・機能的に相互作用をしながら、オートファゴソーム形成の初期で機能していることが示唆された。

日時: 2018年09月07日(金) 17:00~18:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180806

Encoding and decoding dynamic cell signaling: how to build a blood vessel

Dr. Andre Levchenko

Department of Biomedical Engineering and Systems Biology Institute, Yale University

【要旨】

Dynamics of cell signaling can carry important information about the environment and the potential responses to changes in this environment. Furthermore, a single extracellular stimulus can promote diverse behaviors among isogenic cells by differentially regulated signaling networks. We examined Ca2+ signaling in response to VEGF (vascular endothelial growth factor), a growth factor that can stimulate different behaviors in endothelial cells. We found that altering the amount of VEGF signaling in endothelial cells by stimulating them with different VEGF concentrations triggered distinct and mutually exclusive dynamic Ca2+ signaling responses that correlated with different cellular behaviors. These behaviors were cell proliferation involving the transcription factor NFAT (nuclear factor of activated T cells) and cell migration involving MLCK (myosin light chain kinase). Further analysis suggested that this signal decoding was robust to the noisy nature of the signal input. Ca2+ signaling patterns associated with proliferation and migration were detected during angiogenesis in developing zebrafish. In this talk, I will analyze how the signaling in the network can be balanced through diverse Ca2+ dynamics, and how this dynamics can be robustly decoded and converted into distinct behaviors needed to build a functional blood vessel.

日時: 2018年08月06日(月) 10:00~11:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180731-2

生命医科学におけるデータ駆動型科学と異分野融合研究

島村 徹平 博士

名古屋大学大学院医学系研究科 システム生物学分野

【要旨】

近年のゲノム配列解析技術や質量分析技術、その他の技術革新により、個別の分子を主な研究対象としてきた生命科学は、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどのマルチオミックス情報を扱う科学へと変貌と遂げつつある。一方で、膨大に蓄積された網羅的分子情報からいかにして有用な情報を抽出し、さまざまな生命現象や疾患解明へつなげるかかが重要な課題になっている。本セミナーでは、大規模データに基づき帰納的にモデルを構築し、実験、解析、仮説生成の系統的循環を加速するデータ駆動型科学によるアプローチ、特に異種情報の統合を実現し、データを俯瞰的に捉えるための統一的フレームワークとして、計算システム生物学的アプローチについて、いくつかの事例を通じて紹介するとともに、さまざまな分野で培われた叡智や新たな技術を推進力とした異分野融合研究の必要性について述べる。また、講演を通じて、データサイエンスに馴染みのない方にもその魅力や可能性を伝えたい。

日時: 2018年07月31日(火) 15:00~16:00 (前のセミナーに引き続き行うため、時間が前後する可能性があります)
場所: 理学部3号館3F 310室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180731-1

ニュートリオミクスから迫るがんの病態解明と治療戦略

大澤 毅 博士

東京大学先端科学技術センター

【要旨】

我々は、低酸素・低栄養・低pHなどの過酷な微小環境に適応しがんが悪性化するしくみを研究してきた。過酷な微小環境でがん細胞を維持する独自の細胞培養法を樹立し、DNA、RNA、代謝産物のオミクスデータの統合的な解析から、(1)低酸素・低栄養で生存したがん細胞は、エピゲノム変化を介して転移・浸潤などがんの悪性化を促進すること(PNAS 2011, Cancer Res. 2013)、(2)低pH環境のがん細胞は、SREBP2を介した酢酸代謝を利用して生き残ること (Cell Reports 2017)、(3)低栄養で高発現する非コード長鎖RNA(JHDM1D-AS1)を発見し、がんの増殖を促進すること(MCB 2017)を報告してきた。

がん細胞は低酸素・低栄養・低pH環境において、ミトコンドリア非依存的な嫌気的解糖系、次いで酢酸代謝、さらにグルタミン代謝という多重の環境適応システムで生き残るという知見を得てきた。従来の学説ではオートファジーはロイシンなどのアミノ酸欠乏を認識しmTORシグナル抑制により活性化され、飢餓に適応する仕組みと考えられてきた。エピゲノム、トランスクリプトーム、メタボローム情報を統合することにより、がん細胞でより極限的な飢餓状況では、グルタミン欠乏が脂質代謝遺伝子の転写抑制を介して、オートファジーを抑制し生き残るという、糖・脂質・アミノ酸にわたる適応メカニズムを発見しつつある。本セミナーでは、各種のオミクス解析の実施例を示すとともに、がんで蓄積する代謝産物がどのようにがんの病態に関与し、新たなバイオマーカーや治療標的に繋がる可能性を議論する場としたい。

日時: 2018年07月31日(火) 14:00~15:00
場所: 理学部3号館3F 310室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180717

Detecting the tipping points of Diseases by Dynamic Network Biomarkers

Dr. Luonan Chen

Key Laboratory of Systems Biology, Shanghai Institutes for Biological Sciences, Chinese Academy of Sciences

【要旨】

Considerable evidence suggests that during the progression of complex diseases, the deteriorations are not necessarily smooth but are abrupt, and may cause a critical transition from one state to another at a tipping point. Here, we develop a model-free method to detect early-warning signals of such critical transitions (or un-occurred diseases), even with only a small number of samples. Specifically, we theoretically derive an index based on a dynamical network biomarker (DNB) that serves as a general early-warning signal indicating an imminent sudden deterioration before the critical transition occurs. Based on theoretical analyses, we show that predicting a sudden transition from small samples is achievable provided that there are a large number of measurements for each sample, e.g., high-throughput data. We employ gene expression data of three diseases to demonstrate the effectiveness of our method. The relevance of DNBs with the diseases was also validated by related experimental data (e.g., liver cancer, lung injury, influenza, type-2 diabetes) and functional analysis. DNB can also be used for the analysis of nonlinear biological processes, e.g., cell differentiation process.

日時: 2018年07月17日(火) 14:00~15:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180719

クロマチン組成変化から考える細胞分化能制御 ~トランスクリプトミクスの新たな展開~

大川 恭行 博士

九州大学生体防御医学研究所

【要旨】

骨格筋分化の過程では、ゲノム上に存在する2-3万もの遺伝子から特定遺伝子の発現が選択され、形質を獲得に必要なmRNAが転写される。この選択的な遺伝子発現はクロマチン構造により制御されている。遺伝子発現の過程で、まず特定の種類のヒストンが選択的に遺伝子の制御領域(プロモーター、エンハンサー等)に取り込まれる。その後時系列に従い、個々の様々なヒストン修飾からクロマチン高次構造変換に至る一連のクロマチン構造制御が行われる。しかしながら、その起点であるヒストン選択の機構については未だ不明な点が多い。従来3種のヒストンH3H3.1/H3.2, H3.3知られていたが、2015年に我々はマウス、ヒト新規H3バリアント(亜種)遺伝子群13種(ヒト3種)を新たに同定した。この成果は、生体内での遺伝子発現には、より複雑かつ緻密なヒストンH3の選択機構が関わっている可能性を示唆している。以来、新規ヒストン遺伝子のノックアウトマウスを網羅的に作成し、各ヒストンバリアントの機能解析を進めてきた。現在までに骨格筋組織に高発現するヒストンH3バリアントが骨格筋再生能維持に関わっていることを見出している。本講演では現在までに得ている知見とともに、骨格筋組織内の少数細胞の遺伝子発現制御解析を可能にしたトランスクリプトミクス技術も合わせて紹介したい。

日時: 2018年07月19日(木) 17:00~18:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180702

Cellular Variability and Information Flow in Signal Transduction Networks

Dr. Roy Wollman

Department of Chemistry and Biochemistry, University of California, Los Angeles

【要旨】
Signaling networks act as sensors, or measurement devices, that encode information on the extracellular environment that can be decoded by cellular effectors to allow cells to respond to environmental changes appropriately. Experimental single-cell measurements of signaling responses indicated a high level of response variability raising the possibility that cellular responses are limited in their biochemical accuracy. I will discuss our efforts to examine the question of the accuracy of cellular signal transduction networks in the context of the encoding-decoding paradigm. Can cells utilize multivariate encoding to increase accuracy? Is encoding or decoding step is the rate limiting in term of information flow? And to what degree does preexisting cellular state plays a role in how information is transmitted? Gaining a deeper understanding of these questions can help understand how the structure of signaling network plays a role in their functional role to allow cells to respond to changes in their environment.

日時: 平成30年07月02日(月) 17:00~18:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180614

見えないものを「みる」!質量顕微鏡の開発と応用例

新間 秀一 博士

大阪大学工学研究科 生命先端工学専攻

【要旨】

イメージング質量分析(IMS: imaging mass spectrometry)は二次イオン質量分析法を用いた、材料を対象とする表面分析法を基にしており、1990年代半ばにLAMMA(laser microprobe mass analyzer)のコンセプトをマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI:matrix-assisted laser desorption ionization)に適用しR. M. CaprioliやB. Spenglerらにより生体分子の可視化が初めて行われた[1, 2]。発表当初、質量分析法におけるタンパク質のイオン化でノーベル化学賞が受賞されたことから、多くの研究者がタンパク質のイメージングを目指したが、現在では生体内小分子(代謝物や脂質)ならびに薬物などのイメージングが主流となっている。
本講演では、まずIMSの方法について概説し、日本におけるIMS研究の先駆けとなる質量顕微鏡の開発コンセプト(図1)や開発エピソードについて取り上げ、質量顕微鏡の治験への導入例を紹介する。また、演者のグループで取り組んでいるがん組織における代謝物可視化事例と測定におけるノウハウについても簡単に紹介したい。

参考文献

  1. Caprioli R.M. et al., Anal. Chem., 69, 4751 (1997).
  2. Spengler B. et al., J. Am. Soc. Mass Spectrom., 13, 735 (2002).


日時: 平成30年06月14日(木) 17:00~18:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)

20180511

オートファジーの膜動態と生理的意義

水島 昇 博士

東京大学 大学院医学系研究科

【要旨】
オートファジーは多くの真核生物に備わっている細胞内分解システムである。オートファジーでは、細胞質の一部がオートファゴソームに取り囲まれた後にリソソームへと輸送され、分解される。酵母を用いた遺伝学的研究をブレークスルーとして、オートファジーの分子機構と生理的機能の研究はこの約20年間でめざましい発展を遂げた。オートファジーの役割は、アミノ酸などの分解産物を調達するための栄養素のリサイクルと、細胞内の品質管理や浄化の二つに大別される。後者は、特に神経細胞などの長寿命細胞で重要であり、家族性パーキンソン病などのヒト神経変性疾患においてオートファジー関連因子の変異が発見されている。一方で、オートファジーの分子機構の解析も進んでいる。これまでの主体であったオートファゴソーム形成過程に加え、最近はオートファゴソームの成熟過程やリソソームとの融合過程のメカニズムの研究も進展している。講演では、オートファジー膜動態の未解決課題や脊椎動物で新たに見つかった生理機能なども紹介したい。

日時: 平成30年05月11日(金) 17:00~18:30
場所: 理学部3号館4F 412室
連絡先: 理学系研究科 生物科学専攻 生物情報科学科
黒田 真也(skuroda AT bs.s.u-tokyo.ac.jp)