私の好きなサイエンス 〜My Favorite Science〜

これは多くの研究者にとって共通していることも多いですが、つきつめると個々人でそれ
ぞれ微妙に違っていたりします。料理で言うと、和食がすき、中華がすき、フレンチがす
き、みたいなものです。どれが自分の好みかということであって、どちらが偉いかという
ことではありません。まずは、自分の好みを知りましょう。これまでのサイエンスの仕事
の中でどれに自分が一番感動したかなどをつらつら書き上げてみるとなんとなく自分の嗜
好がわかってきます。それが明確に自覚できるようになってくれば、周りの状況や流行に
左右されることなく、自分がどういう研究を目指せばよいのか指針を与えてくれます。こ
の方法は研究だけでなくキャリアプランにも応用できますね。

さて、私の場合は、「これまでよく知られていた現象をある視点から見れば統一的にす
きっと理解できる、一見別々のように見えることを一つの物差しで見れば同じように説明
できる」、というサイエンスが一番好きです。ニュートンの万有引力の法則がそれにあた
ります。ニュートン自身は何か新しい惑星や物理現象を見出したわけではなく、重力とい
うものを仮定すれば、リンゴが落ちるのも、惑星が太陽の周りを回るのも、潮の満ち引き
も、たった一つの原理で説明できるということを見出しました。生命科学で言えば、新し
い現象や分子などを見つけるのではなく、新しい説明を加えればそれまで何気なく見てい
たものが突然立体的に見えてくる、点がつながり線になるみたいな感じのやつですね。自
分の研究でいうと、RasとRap1がそれぞれ微分回路と積分回路として機能するので、NGFの
step刺激に対して、RasとRap1はそれぞれ一過性と持続性に応答するということに気づいた
ことです。つまり、刺激の時間パターンに情報が入っていてシグナル伝達回路はそれを取
り出している、つまり時間パターンこそが情報で、シグナル分子はそれを伝えるための媒
体でしかないということに気づいたときです。これはSasagawaらの論文(Sasagawa, . et
al, Nat. Cell Biol., 2005)の結果ですが、実は論文を出してから一年ほどたってはじめ
て気づいたものです(したがって、Sasagawaらの論文にはこの説明が書かれていませ
ん)。これは私にとっては、とても衝撃的な気づきでした。それまで20年近くNGF(のstep
刺激)を加えるとERKが一過性と持続性の応答を示す実験事実は知っていたにも関わらず、
それぞれが刺激の時間変化と濃度を捉えていると理解できるとはまったく思いもよりませ
んでした。しかも、すでに論文を書いていたにも関わらず、その事実にすぐには気づけま
せんでした。まさに目からうろこが落ちるというのはこのとこです。知っていることと理
解することは本質的に異なるものです。それまでよく知っていた事実を新しい視点から眺
めるとまったく異なって見える初めての体験でした。私にとって一番お気に入りのタイプ
のサイエンスです。もし、誰かがこういう仕事を報告したなら、きっと私もそういう仕事
をしてみたいとあこがれたことでしょう。そういう仕事を自分ができたことがとてもうれ
しいです。この仕事をきっかけとして、私たちの研究室の「時間情報コード」の研究が始
まりました(続)。